BSジャパンの「あの年この歌」で中森明菜さんの裏話を知る

 先日BSジャパンの番組「あの年この歌」という昔の歌を振り返る番組を見ました。
スタジオゲストにアルフィーの坂崎さんや高見沢さんを迎え,音楽評論家と共にある年に焦点を当てて音楽シーンを分析するのですが,前回は昭和57年にスポットを当てていました。
 松田聖子さんが全盛期でその後出てきた小泉今日子さんや堀ちえみさんなどアイドルの楽曲を取り上げ,その後反動で出てきたワル系?の楽曲を紹介していました。
聖子さんを始めアイドルがいわゆるぶりっ子路線で売り出していたのが,シュガーの「ウエディングベル」や今だったらストーカーともいえるあみんの「待つわ」などぶりっ子の本音を歌った曲が大ヒットになった年でもあったそうです。
風俗や校内暴力などワルが蔓延していた当時の時代背景において出て来たのが中森明菜さんで,彼女初のビッグヒット「少女A」は最初彼女が歌うのを嫌がった曲らしく,とにかく一度だけでいいから歌ってみてとなだめレコーディングをして,ふてくされて歌ったために彼女のイメージが出来たという作詞家の証言は,舞台裏を知れて興味深かったですね。